2026年夏の第79回富士登山競走まで、あと2週間に迫っている。このタイミングで、昨年の第78回富士登山競走に初挑戦した時の振り返りを書いておく。
タロスは富士山に憧れた
タロスは富士山が大好きだった。登山やハイキングに対する興味は人並みであったが、富士山に対する憧れは並外れていた。タロスは大学生の時、富士山の山小屋で働いていた。初めて山梨県から富士山の姿を見て以来、ずっとその雄大さに憧れを持っていた。
社会人になって走り始めたタロスは、「富士登山競走」の存在を知る。大好きな富士山を走って登れる。そんなレースにアマチュアの自分でも出走できるということに魅力を感じた。山頂まで走り切りたいが、その出走権をかけて、まずは「5合目コース」に出走し、基準タイムをクリアしなければならないことを知った。エントリーするかどうか、迷いはなかった。エントリー開始と同時に後先考えずに申し込んだ。
当時の月間走行距離は10kmだった。ほぼ走っていないようなものだ。タロスは憧れはあったが、実行力には欠けていた。
レースに向けて
タロスは多忙だった。そしてそれを言い訳に、全く走らないことにも抵抗はなかった。エントリー直後の4月こそ月間70kmほど走ったものの、5,6月は文字通り全く走らなかった。
焦りはあった。だが、タロスは心の中で「まあなんとかなる」と思っていた。
7月になると流石に焦りもピークに達した。近所の低山でジョギングを始めた。それでも、月間走行距離は75kmほどだった。だが不思議なことに、本番が近づくにつれ、謎の余裕が生まれてくる。実力のないものには往往にして起こることであった。
前日入り
山梨県富士吉田市には前日に到着した。
富士山は、相変わらずの雄大でタロスを迎えてくれた。富士山からもらえる力だけで走り切れそうな気すらした。
「カーボローディング」という知識だけを一丁前にぶらさげ、山梨名物の「ほうとう」を食べた。おにぎり、スポドリなどで体調を整え、軽く4kmほどのランニングをして早めに寝た。タロスは自信に満ちていた。だがそれは、根拠のない自信であった。
初挑戦の富士登山競走
2025年7月25日、富士吉田市は晴れていた。8:30、気温25度の中、いよいよレースが始まった。
スタート〜5km
スタートは順調だった。登りではあったが、6:00/km〜6:10/kmほどのペースで走っていく。緊張もあってか心拍は高めではあったが、体感的にはかなり余裕であった。途中から舗装路ではあるが林の中に入っていき、日光もあまり当たらなくなる。
沿道の応援もあり、「まだまだ、もがいたらだめだよ!」「前だけ見て淡々と走りましょう」などのアドバイスが飛んでくる。
「思っていたよりも暑さもない。余裕だ。いける。」そんな思いで5kmを通過する。
5km〜10km
段々と勾配が急になり、ペースも落ち始める。この5kmでは36分半ほどかかっている。
「馬返しまであと○km」の看板を見るたびに未舗装路が近づいていることを実感させられる。
ペースは落ちながらも、ある程度の余裕度もあり、ペース的にも余裕がある。
「順調順調」タロスはまだ余裕だった。
10km〜馬返し
勾配が上がると共にペースは落ち、8:30/kmほどで登っていく。この辺りで一度ジェルを入れ気合いを入れ直す。
「いよいよトレイルだ」タロスの心はワクワクしていた。
馬返し〜13km
いよいよ未舗装路(トレイル)に入る。地面はややぬかるんで入るが、大きく滑るようなこともない。階段上に木が組んであるところが多く、平地と階段を繰り返しているような感覚に足の筋肉が消耗していくのを感じる。
一本道のため他のランナーも周りには多くいた。だが、事前に聞いていたほど渋滞してはいなかった。「このペースなら基準切れますよ!」など、周りのランナーと声を掛け合いながらタロスは進んでいく。
この辺りでは、基本的にどのランナーも歩いていた。走り続ける気でいたタロスはやや焦りを感じあ、人を抜きながら走れるところは小走りで歩を進める。15:00/kmほどのペースで進んでいく。
突然のアクシデント
14kmを目前に、アクシデントは突然訪れた。
ぬかるみの中を登っている途中、タロスは足を滑らせた。なんとか踏ん張ろうとしたその瞬間、両足のふくらはぎが同時に攣った。
足を曲げることができなくなったタロスはその場に転倒し、斜面を2mほど滑り落ちた。
痛みと恐怖でパニックになっていた。竹馬の共に心の中で詫びを入れる余裕などなかった。
タロスは絶望した。どうしようもなかった。周りのランナーは、道の真ん中に倒れるタロスを避けながら走っていく。申し訳なく、場所を開けようにも、動くことはできなかった。
そんな時、1人のランナーがタロスにエアーサロンパスをくれた。まるで神様のように感じられたその男性は、颯爽と走り去ってしまった。エアサロを足にかけ、しばらく休憩していると、やっと体を起こせるようになった。
少しずつ動かしながらストレッチを繰り返し、ようやく歩ける感覚を取り戻してタロスは歩き始めた。
この1kmで35分もの時間をかけてしまっていた。
完走
その後は歩いてゴールへと向かった。転倒の絶望の中、基準タイムは諦めていたが、その時刻を迎えるとやはり苦しかった。
完走タイムは2:44:37
基準まで25分ほど足りなかった。悔しかった。そして、練習不足を突きつけられた。
タロスは圧倒的に実力が足りていなかった。
一年後のタロス
タロスはリベンジを誓った。
その後は怪我などもあり思うように練習ができず、迎えた福岡マラソンでも撃沈したが、その後からランニングを始めた。
富士登山競走完走の他にも目標が増え、練習にも身が入った。
そうしてリベンジを誓ったタロスは、3月28日、家の近くの山を走り、山頂から富士登山競走にエントリーした。
リベンジを誓って
第79回富士登山競走はもうすぐそこに迫っている。
今年のタロスは、自分でも一味違うと感じている。
そして、「もしかしたら今年こそは」という希望も持っている。
あの日、富士山で味わった悔しさはまだ消えていない。
あの日の挫折がなければ、今のタロスはいなかった。
だから今年も、タロスは登る。
次回は、昨年の挫折からこの一年間、タロスがどんな練習を積み、どんな思いで第79回富士登山競走に挑むのかを書こうと思う。


コメント